Gとの闘い ep.1

それは突然あらわれた。

私は、帰宅後リビングでくつろごうとして、部屋のドアを開けた。ふと下方に目を向けると、床に置きはなしにしていた衣服の隙間から、それがおもむろに姿を見せた。その瞬間はさほどの俊敏さは見せず、すすっ、すすっといった具合で、机の下へとスムーズに抜けていった。約3cm大のゴキブリだった。私はいったんため息をつき、どう対応するかを試案した。ゴキジェットは以前購入した分を残していたが、床にスプレー跡がついてしまうのを避けるため、とりあえずは別の方法を試すことにした。と言ってもガムテープを机の周囲に道をふさぐように配置しただけなのだが。いったん様子を見ようと別の作業をしていたところ、10分ほどして設置したガムテープの1つにGは引っかかっていた。

カサカサと身を動かしているものの、脚や腹の一部がくっついて離れないようだった。慎重を期すため、さらにガムテープをかぶせようとしたが、触れた瞬間にとびだしそうで、なかなか手元が定まらない。1枚目は的外れな方向へ行き、2枚目はなるべく近くから放り投げるも、ボディには当たらず、そうするうちにGは自らの脚を犠牲にしながらガムテープから脱出しかけていた。次の瞬間、足先だけ残したそれは、壁をつたって隣の部屋へ移動。すぐさま追いかけたが、物の陰から陰へと姿をくらまされ、視界にとらえることができない。かと思えば、いきなり足もとをよぎり、私は驚嘆とともに身を引かざるを得なくなった。

ちょうどそのとき、私が身を引いて背の後ろ側によろめいた際、高さ180cmほどの木製のポールハンガーに体がぶつかった。体重がのってしまい、若干傾いた。ポールは絶妙なバランスでシーソーのような動きを開始した。そうして、ポールの脚の部分、ちょうど床に面して十字クロスの形をした脚が少し浮き上がった瞬間、床と脚の隙間にGが歩を進めていたのだった。私は、体制を戻すのに意識が向かっており、ポールハンガーの往復運動には注意が向いていなかったが、ポールハンガーが復元を終えて安定化しようとする、まさにその瞬間にGが十字クロスの下敷きになるのを見た。

あっけない終わりだった。しばらく安堵感のなかで、戦闘後の余韻に浸っていた。ガムテープで仕留めきれなかったのは、テープが手に引っ付いてコントロールが下手すぎたためだし、そもそも被せる方法以外のやり方があったかもしれない。一度取り逃がしたにもかかわらず、まだ近くにいたのは不幸中の幸いだった。そのような反省をしつつ、このあと死に体になったGをどう処置しようかとポールの上部に手をかけた。ポールを傾けて脚を浮かせ、Gの姿がどのように変わってしまったかを確認しようと視線を向けた。

ところが。

かいま見えた後ろ脚は、勢いよくバタバタと動いていた。腹部から何か少し白い液が出ているようにも見えた。私は、そこで一瞬思考停止になり、手にかけていたポールをさらに傾かせてしまった。自らを圧迫していた重しを解かれたGは、ジタバタした動きをゆるめ、解放と自由を確認するかのようにその場で静止した。そして次の瞬間には洗濯機の裏の方へと姿を消したのだった。